栄フィル30年のあゆみ

栄フィルハーモニー交響楽団は、1986年横浜市栄区誕生と共に創立された 30年の実績をもつ市民オーケストラです。ここでは、創立から今日に至るまでの道のりを紹介します。これらのコンテンツの中には、「10周年記念誌」及び「オーケストラ便り」に掲載された文をそのまま、あるいは一部追加・修正を行って再構成したものを掲載しております。原作者及び関係者にはこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。

創立~20年

誕生前

1985年に現在の栄区の地域が戸塚区から分区により独立する構想が発表され、同年10月には栄区の名前が決定されました。地元で音楽院を主催されていた古屋元広氏より区民オーケストラ設立の陳情があり、栄区開設準備委員会及び連合町内会連絡会の尽力で大型楽器購入の予算がつき、関係者による団員募集が開始されました。特に、古屋夫妻はポスタ-作りをはじめ新区内音楽愛好家への連絡等、大変ご苦労頂きました。

結団式

1986年6月22日、本郷地区センタ-にて結団式が行われ、当日迄の申込み者58名の内45名が参加し、役員および運営委員等の選出を行いました。代表に古屋元広氏、団長に柴田隆氏の就任が決定しました。指揮者は空席としましたが、弦トレーナーには峰岸徹氏にご就任いただきました。また、顧問に石川光美氏(11/3より新区長)、恵藤信行氏(連合自治会連絡会長)に就任いただくことを決定しました。尚、集まった殆どの人達が初対面であり、委員の選びようがなく、ジャンケンで決定しました。

ご挨拶

栄区民オーケストラ代表 古屋 元広
このたび新区誕生を記念して新しくオーケストラを結成する運びとなり、7月より練習に入りました。私は今までの経験を区民の皆様と共に音楽を通して相互の和をもって、この区の文化向上並びに親睦を計れれば、こんなうれしいことはないと思っています。幸い団員の方々は音楽(オーケストラ)に経験のある人たちが多く、またこころよい人達ばかりで大変うれしく思っています。また、無より始まったこのオーケストラに区役所並びに六連合町内会の温かいご協力により順調に発足できましたことは心より感謝いたすところであります。11月3日の新区誕生には出来る限りの力をもって良い演奏を区民の皆様にお聴きいただけるよう、団員のすべてが心を一つにして頑張って行きたいと思います。栄区のある限り、このオーケストラも益々栄えていくものと信じております。(1986.09.01「オーケストラたより」第2号より)

ちょっとひとこと

弦トレーナー 峰岸 徹
昭和62年は卯の年、皆さんにも栄区オーケストラにも、一層飛躍の年となりますように昨年、当団結成当時、代表 古屋先生から私ごときに参加のお誘いがありました。大変光栄であり、喜んでお仲間に入れさせていただいた次第です。第一回目の練習日7月6日は、奇しくも私の誕生日で、当団の入団団員は60名でした。皆、汗まみれの猛練習でした。その後、次第に出席者数も増え、団員及び関係者皆様方のご協力のお陰で、既に数回の行事も無事好評のうちに終了しました。6ヶ月のホップの時が過ぎましたので今年はジャンプに向けて、ステップの地固めをすべき大切な時を迎えました。
音楽はバッハに始まりバッハに終わると言われておりますが、当団も悪戯に背伸びをせず、まず音楽の原点である古典派樂曲から手がけるべきでしょう。その点、今回選んだ三曲は楽しい名曲揃いで、誠に的を得たものと思います。また、管トレーナーの松村先生は今回は指揮者をも務めて下さることになりました。彼はホルンの名手であり、且、オケマンの気質とオケの全てを知り尽くしておられる人です。
私は、既に老齢ではありますが精神的には青年であり、音楽に対する情熱はいささかも衰えておりません。晩年に残されたエネルギーの全部を投入し、生ある限りガンバリますので、どうぞ宜しくお願いいたします。アマチュアオーケストラの一流を目指して、皆様と共に楽しく練習に励みましょう。(1987.02.08 オーケストラたより第6号より)

第一回定期演奏会

1987年4月26日、旧栄スポーツホールにて栄区民合唱団と合同で行いました。曲目は、ベートーヴェン交響曲第一番、指揮は松村正春氏でした。午後1時と3時の2回公演に延べ千人を越す入場者があり、聴衆からは、「こんな近い所で、生のすばらしい音楽をありがとう」と好評でした。尚、演奏会の前日は、会場となる体育館の床にビニールシートを敷きつめ、450個の椅子を並べました。また近隣の学校から小型トラックで山台を運搬し舞台を作る作業もあり、演奏以外にも会場設営が大変でした。これは、栄公会堂が完成するまで続きました。

リレーコンサート

1987年4月、区の要請によりPTAと協力して子供たちに生の音楽に親しんでもらう目的で、リレーコンサートが企画されました。犬山小学校を皮切りに区内小中学校の巡回演奏を開始し、1989年12月の本郷小学校まで6回行いました。

横浜博千人コンサート

1989年5月28日、横浜みなとみらい地区の完成に呼応して、横浜博覧会「YES '89」が開催されました。期間中の休日に「区の日」が設定され、横浜市のそれぞれの区が趣向をこらして出し物を用意しました。
新設されて3年半の若い栄区では、この機会に区の特徴をアピールすべく熱心な討論が行われました。その結果、区内に数ある音楽団体が協力して、イベント会場「横浜博覧会YESホール」での「ふれあいシリーズわが街栄区<栄区賛歌1000人大合唱>」と題する大音楽会が企画されました。栄区民オーケストラではこの音楽会への参加を創立以来の目標としており、企画の中心として活躍することとなりました。
全体のプログラムは二部構成でした。第二部の演奏団体は、栄区民オーケストラ・栄区民合唱団ほか13の合唱団体、柏陽高校ほか5学校の生徒の合唱、及び個人参加メンバーから成り、指揮は松村正春氏および金川明裕氏でした。オーケストラの編成はピッコロ1・フルート6・オーボエ3・クラリネット6・ファゴット3・ホルン6・トランペット4・トロンボーン3・チューバ1・打楽器4・第1ヴァイオリン16・第2ヴァイオリン16・ヴィオラ13・チェロ11・コントラバス8の計101名で、今のところ当オーケストラ史上最大の出演人数です。これにファンファーレ隊として区内の高校5校の生徒20名が加わり、さらにマンドリン、合唱などの出場者も合わせると総勢1000名規模の演奏会となりました。聴衆も多く、意義深いイベントとなりました。

オーケストラと合唱のための交響詩「栄区賛歌」

栄区賛歌は横浜博参加を機会に栄区より公募されたもので、作詞31篇、作曲60篇の応募作の中から、「川のある町で」―中島和子作詞・三輪純子作曲、「わが町に寄す」―大賀寿郎作詞・原口尚子作曲、「大地に耳を」―松本裕子作詞・田口昭子作曲の3作が入選作となり、藤田耕平編曲の交響詩として発表されました。以後栄区の文化的財産として随時演奏され、また1996年にはCDも制作されています。

指揮者の委嘱

1989年12月の総会で、第1回定期演奏会以来指揮をお願いしてきた松村正春氏に正式に当オーケストラの指揮者にご就任いただくことを決定しました。その後、1991年より常任指揮者にご就任いただいています。

団名称の変更

1990年12月の総会で「栄区民オーケストラ」を「栄フィルハーモニー交響楽団(Sakae Philharmonic Orchestra)」に改称しました。

栄公会堂落成記念「第九」演奏会

1991年5月15日にオーケストラ団員が首を長くして待った栄区公会堂が完成しました。待ちに待った栄フィルのホームグランドができたのです。こけら落としの演奏会は、栄区民合唱団と合同でベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付」を演奏することが前年に決まりました。練習は11月から始まり、公会堂が次第に出来上がって行くのを横目で見ながら進められました。

1991年5月15日、新しい栄公会堂の落成によせた栄フィルハーモニー交響楽団第9回定期演奏会(栄区民合唱団との第4回合同演奏会)が開催されました。出きるだけ多くの区民の方々に聴いていただくために昼夜2回の全曲演奏という強行スケジュールでした。ソリストは地元に縁の深い方々にご出演いただきました。昼の部は三鼓幾代(ソプラノ)・桐生次子(アルト)・青木康明(テノール)・小野里暢高(バリトン)、夜の部は鵜飼文子(ソプラノ)・安藤正子(アルト)・谷川佳幸(テノール)・成田真(バリトン)の諸氏という陣容でした。また、昼の部では栄少年少女合唱団も出演して栄区賛歌が演奏されました。
この日のために栄フィルは初めての春合宿を組む等の気合十分な準備により、本番では2回の演奏とも情熱溢れる演奏で常任指揮者松村正春氏の指揮に応えることができました。区民の方々の喝采の中に演奏会を無事終えることができました。

区民オペラ「カルメン」

1994年3月、栄区民の手作りによるオペラ「カルメン」は、栄公会堂において3回の公演(3/5プレビュー、3/19第1日、3/21第2日)を行ないました。栄フィルと栄区民合唱団が中心となって企画立案し、栄区役所及び栄区連合町内会の支援のもとに、横浜市からの助成や近隣の企業・個人の協力を得ながら、出来るだけ多くの栄区民が力を結集するというビジョンで活動を進めました。
本格的な舞台を作ってオペラ公演を実現させたいという提案がまとまったのが1993年の3月でした。オペラについては栄区の音楽団体にとって手がけた経験は皆無という無謀なスタートではあったものの、松村正春氏(栄フィル常任指揮者)・金川明裕氏(栄区民合唱団常任指揮者)の指導のもと、予算・渉外・広報等を担当する「実行委員会」と、演奏技術・演出・美術・小道具・衣裳・照明・振り付け・メイク・舞台操作等を担当する「制作委員会」が発足しました。これを軸に、音楽関係者だけにとどまらず一般の区民の協力も得て、強い協力体制を作り上げながら、一歩一歩成功へと積み上げていきました。

キャスティングについては、7月のオーディションを皮切りに、二期会その他の第一線のソリストの絶大な協力が得られ、他のどこの公演にも劣らないすばらしい陣容が整いました。(カルメン:岩森美里・ホセ:湯川晃・ミカエラ:鵜飼文子・エスカミリオ:小島聖史・フラスキータ:浅野美帆子・メルセデス:荒井恵美・スニーガ:山口俊彦・モラレス:岩本貴文の諸氏)
また、その他にも、「栄少年少女合唱団」「栄区民劇団BAKU」「樋口晴美とフラメンコグループ」の出演と「プレアデス」(照明)・「鎌倉舞台工房」の協力が得られ、さらにワイドな陣容となっていきました。
しかし、特に重要な課題となったのは、栄フィルをはじめ栄区民合唱団など出演団体にとって、カルメン全曲にわたっての演奏が可能であるかどうかという点でした。
オーケストラは10月24日の第14回定期演奏会を終えてから3月までの4ヶ月間、合唱団は約8ヶ月間という限られた期間の練習しかできません。どこまで満足な演奏が出来るのかという不安を抱えた中で、原作に忠実な流れを極力守りながらこの課題を解消するために、脚本のアレンジを行うことになりました。脚色の期間約4ヶ月、ようやく完成した時には12月5日の第一回合同練習直前の11月中旬となっていました。

第1回合同練習はオペラの経験不足と練習不足が露呈され、不満足な結果となったものの、団員にとっては問題点についての認識が深まりました。その後の練習については飛躍的に改善され、次第に自信をつけていきました。
明けて1月。ソリストをはじめ合唱団員への演出・指導も次第に波に乗り、演奏も充実してきました。2月になって小道具の準備、衣裳合わせ、照明のセッティングなども着々と進みました。そして、3月5日のプレビューを迎えました。この日は大道具の準備は間に合わなかったものの、区内の中学生を招いて本番どおりの公演が行われ、成功への確信を得ることが出来ました。
いよいよ本番。3月19日と21日の2回の公演は全館満席となり、入場出来ない方も出るほどの盛況となりました。栄区文化の歴史の1ページを飾るオペラ「カルメン」全四幕公演は、栄区民および近隣の音楽を愛する多くの方々に支えられて、指導者・キャスト・スタッフ等総勢300名に近いメンバーの1年間の情熱とスクラムが開花し、大きな感動を呼び起こしました。ここまで困難を克服したのだ、不可能を可能にしたのだという深い感動を心に刻んで……。

10周年記念演奏会

1996年4月14日(日)に当オーケストラの創立10周年記念演奏会(第18回定期演奏会)が鎌倉芸術館大ホールにて行われました。演奏曲目はショスタコーヴィッチ作曲「祝典序曲」、ベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付」の2曲で、松村正春氏指揮のもと、ソリストとして鵜飼文子・小山ゆう子・湯川晃・成田真の諸氏をお迎えし、栄区民合唱団の賛助出演を得て演奏されました。当時の佐藤雅亮栄区長をはじめとして総勢1104名の方々に来ていただきました。通常の定期演奏会に比較して男性の入場者が7%多く、初めて当オケの演奏会に来られた方が9%増えました。これは演奏会場が鎌倉芸術館であったこと、新聞などのマスメディアや鎌倉芸術館のニュースで知った方が来場されたこと、合唱団の関係で来場された方が多かったためと考えられます。聴衆の皆様には、演奏に加えて、ホールの音響の良さも評価してもらいました。

創立10周年記念演奏会の企画は1年以上も前から始められました。団員の中には、記念演奏会は音楽専用ホールである鎌倉芸術館でやりたいという希望が多くあり、当時の文珠川団長の決断により1年前に予約をしました。曲は大勢の人に聴いていただけるものとしてベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付」を5年ぶりに再演することに決まりました。
ソリストの方々は、これまで栄公会堂のこけら落とし演奏会や区民オペラ「カルメン」、夏休みコンサートなどでお馴染みの方々でした。海外に滞在されていたり、あるいは演奏活動で多忙な方々ばかりなので全員揃った練習日を調整するのが非常に困難でした。それでも本番では息のあった堂々たる演奏はさすがでした。
また、この演奏会では栄区民合唱団と金川明裕氏のご協力を忘れることはできません。栄公会堂のこけら落としの演奏会以来、2回目の第九の共演を実現できました。栄区民合唱団はこの賛助出演のために第九を歌うための団員をわざわざ募集して協力して下さいました。

これまでもっぱら栄公会堂で演奏会を開催してきましので、新しいホールとの折衝は初めてづくしとなり何かと戸惑うことが多かったのですが、多くの方のご尽力により無事に演奏会は終了しました。

「栄区賛歌」録音

1996年5月3日、栄公会堂で「オーケストラと合唱のための交響詩『栄区賛歌』」の録音が行われました。この曲は、1985年に区内の在住在勤者から作詞と作曲を募集して「川のある町で」「わが町に寄す」「大地に耳を」の3曲を選定し、さらにこれらの3曲を交響詩の形に編曲を依頼して完成したものです。以来、栄フィルは、区民のための演奏会などで、区民合唱団その他の合唱団と共に極力演奏するように努めてきました。特に栄フィルのメンバーにとっては、3曲の栄区賛歌のうちの1曲「わが町に寄す」の作詞者が、当オーケストラのコンサートマスターをされた大賀寿郎氏である点でも親しみが深いといえます。その栄区賛歌が栄区制10周年記念事業の一環としてCDに録音して配布されることになり、通常の演奏会とは一味違った貴重な体験をしたのです。
録音当日の朝9時に栄公会堂に集合した栄フィルのメンバーは、松村氏の指揮で、まず指慣らしの部分練習を行いました。「録音スタートしまーす。」というレコーディング・ディレクターの合図で録音開始。オーケストラだけの部分、合唱のある部分などをきりよく分けて録音し、直後にその結果を後方の照明室のわれわれが聞こえない所でディレクター以下が再生チェックして、「やりなおーし!」と来ます。何度かやり直して嫌になりかけたころようやくOKがでて、次に進むという具合で、弾いては首を縮めながら待ち、また弾いては徐々に目をうつろにしながら「やりなおーし!」との宣告を待つ、の繰り返しでした。不十分な部分の内容を指摘はされるものの、われわれには録音済みの結果を聞けるわけではありませんから、手探りのようなものでした。録音のためのマイクがたくさん置かれ、自分のすぐ傍にある人もいて、自分の生の音がそのまま録音されるという恐怖感があります。「自分の間違いでNGになったのではないか」と心配した人もいたようでした。そのような状態が昼食を挟んで続いた結果、3時過ぎる頃には、ほぼ全員がグッタリ放心状態を示し始めました。ですから、「ご苦労さまでした。」とOKが出たときには、全員が思わず歓声とも、大きなため息ともつかない声を上げる有様で、一瞬まるで大事業を成し遂げたような達成観に浸ったものでした。
このCD制作は、当オーケストラの創立当初から積極的な支援をいただいている栄区町内連合会会長の恵藤信行氏および栄区長佐藤雅亮氏を中心とする多くの方々の後押しによるものであります。栄区民の意識発揚のためには実に適切かつ積極的な企画であり、それ自体高く評価されます。一方、われわれとしても区と同様に10周年を迎えた時点で、栄フィルの歴史のひとこまを立派な形に残すことができて、大変ラッキーでした。栄フィルが、今や地域の音楽文化振興の中心的存在であることのあかしを、具体的に示すことが出来たことを素直に喜び、この企画を実現して下さった関係各位に感謝します。

栄ゾリステン誕生

2001年末の総会で栄ゾリステンの設立が了承されました。以前から、定期演奏会ではなかなか取上げにくい小規模な交響曲や管弦楽曲の演奏をやりたいという希望が根強くありました。その実現方法について長く検討されていましたが、ようやく実現したものです。指揮者として松村正春氏、コンサートミストレスには当団の団友である千原友子氏が就任されました。早速、団員から参加希望をきくとともに、当団がエキストラをいつもお願いしている方々にも呼びかけ、約30人からなる室内オーケストラが誕生しました。お披露目の演奏会は、2002年6月に鎌倉芸術館小ホールでのモーツァルト作曲「魔笛」の公演でした。しかし、栄フィルの活動と並行して栄ゾリステンの活動に参加するのはきついとの声が強くなり、その後栄ゾリステンは当団から独立して活動することとなりました。2002年秋、装いを新たに「栄ゾリステン横浜」としてリリスホールで演奏会を開き、その後も演奏会形式によるオペラとして、モーツァルト作曲「フィガロの結婚」・「コシ・ファン・トゥッテ」が鎌倉芸術館小ホールで上演されましたが、現在は弦楽を中心としたアンサンブルとして活動しています。

創立15周年記念演奏会(第28回定期演奏会)

2002年3月31日、鎌倉芸術館大ホールにおいて創立15周年記念演奏会が行われました。指揮は松村正春氏で、パウエル作曲「ファゴット協奏曲ハ長調」とマーラー作曲交響曲第一番「巨人」が演奏されました。ファゴットソロには、栄区出身の世界的ファゴット奏者である小山昭雄氏が出演されました。
パウエルは20世紀半ばに活躍したチェコの作曲家であり、このファゴット協奏曲の演奏は、アマチュアオーケストラとしては本邦初演となりました。

栄区音楽協会による「第九」演奏会

2005年3月6日、横浜みなとみらい大ホールにおいて栄区音楽協会との共催で〈栄「第九」演奏会〉が開かれました。指揮 横島勝人・合唱指揮 金川明裕・ソプラノ大橋ゆり・アルト三谷亜矢・テノール神谷尚・バリトン宮本益光の各氏でした。合唱は栄「第九」合唱団、栄音協児童合唱団が出演。演奏曲目は「栄区賛歌」とベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付」でした。これを機会に年1回の頻度で栄「第九」演奏会を開こうという機運が生まれ、2006年1月15日には〈栄区制20周年を祝う演奏会〉として鎌倉芸術館大ホールで横島勝人氏の指揮により開かれました。また、第3回目は同年12月17日、栄公会堂で神宮章氏の指揮により昼夜2回公演で開かれました。

定期演奏会

定期演奏会は年2回。私たちの日頃の練習の成果を皆さんに聞いていただく場です。記念すべき第1回演奏会は合唱団と合同でした。会場は栄スポーツホールといって元の本郷台小学校体育館でした。お客様に土足で上がっていただけるようにと、団員が前日ゲネプロ(総練習)の前に、床にビニールシートを敷き詰めました。演奏会が終わると、ビニールシートはがしが待っていました。

1991年に栄公会堂が完成し、こけら落としに第9回定期演奏会としてベートーヴェン作曲交響曲第九番「合唱付」を演奏しました。やっと演奏会らしくなった会場がとても嬉しく、ことにビニールシート張りという重労働がなくなったのが何よりでした。
指揮は第1回より第24回まではすべて松村正春氏です。本番に強いといわれる栄フィルですが、タクトを下ろす前の緊張を解いて下さる指揮者の笑顔があってこそではないでしょうか。

第25回には初めて常任指揮者以外の指揮者を招き、ドボルジャークの音楽を特集した演奏会が開かれました。指揮されたアントニン・キューネル氏は在日チェコ人で、日本のプロ・オケの指揮者として活躍されている方です。チェリストにはチェコからマルティン・シュカンパ氏が来日されました。

定期演奏会の楽しみは、ソリストとの出会いにもあります。身近にいる方で、将来が嘱望されるような方にお願いしてきました。チェロの児玉氏令嬢の児玉真理氏にヴァイオリンコンチェルト、ファゴットの細谷氏夫人の細谷交子氏にピアノコンチェルトを、ヴァイオリンの梅津美葉氏には、毎日コンクールで優勝した直後に出演していただきました。当時、鎌倉高校の3年生でした。ヴァイオリンの大森潤子さんは、私達の演奏会の後で毎日コンクールで2位になられました。フルートの神田寛明氏は当時、芸大の学生でしたが、その後N響に入団されました。その後も大勢の方々にご出演いただいてきました。
実は、20年を振り返ると幾つかのシリーズものがあることに気がつきます。それは、前田美由紀氏によるベートーヴェンのピアノ協奏曲シリーズ、細谷交子氏によるモーツァルトのピアノ協奏曲シリーズが進行していることです。これら協奏曲シリーズの完結が期待されます。

リレーコンサートから夏休みコンサートへ

子どもたちに生の音楽に親しんでもらうためにオケ創立の翌年(1987年)、区からの要請によりPTAと協力して区内小中学校の巡回演奏(リレーコンサート)を開始しました。犬山小学校を皮切りに1989年12月の本郷小学校まで6回行いました。その後、家族全員で楽しんでいただけるような演奏会をやろうという趣旨のもと、区の後援を受けて、夏休みコンサート「夏コン」に衣替えし、1992年より現在に至っています。

夏コンは、それまでのリレーコンサートを発展的に受け継ぐ形で続けられ、最初の頃は、主として若い団員主体で企画運営されていましたが、最近では様々な方が企画を担当され、運営されています。

創立20年~現在まで

工事中